【小田原発】創作家牧野信一氏（四一）は廿四日午後七時頃神奈川県小田原町新玉二の四〇〇の自宅納戸の梁に兵児帯をかけ縊死してゐたのを外出から帰つて来た実母さかえさん（六四）と女中里垣しづえさん（二九）とが発見、大騒ぎとなり医師を招んで手当を加へたが、すでに死後一時間を経過してゐて手の下しやうもなかつた 原因はある恋愛問題から家庭に風波が絶えず遂に夫人せつさん（三四）と長男英雄君（一五）を東京市日本橋区富沢町一六に残し二月十五日以来小田原の自宅に引きこもり新聞小説「櫻の花びら」を執筆中だつたが恋愛関係の煩悶と生活苦などから極度の神経衰弱にかかり数日前から寝てばかりゐたが、このため生活の糧とする小説がかけなくなつたのを悲観したらしく母さかえさんに向つて「小説が書けないで生きてゐることは出来ないから死んでしまふ」と口癖のやうにいつてゐたので家人も注意中だつたが一寸 外出したすきに縊死したものである、母さかえさんは語る 夕刻私と女中が信一の弟英治（モダン日本社勤務）の長男定雄（三つ）を連れて海岸に散歩に出かけたのですがそのとき信一はお母さん是非出掛けないで下さいと取すがつて頼んだがまた何時もの病気のせゐだと思つて一寸出掛けたらその後でこんなことになつてしまひました |
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牧野氏と同窓で小田原中学時代からの交友歌舞伎座支配人鈴木十郎氏は牧野氏の悲報を聞いて廿四日夜遅く小田原へ急行したが出発間際に語る 牧野君は最近ひどい神経衰弱にかゝり口ぐせのやうに『眠れぬ眠れぬ』といふので私は君は身体が弱いのだからその方を癒すのが先決問題だから医者にかゝり給へといふと『僕のはもう慢性だから癒りつこはないよ』と悲観してゐました、二月初めごろまで五反田のアパートに夫婦で暮らしてゐましたが細君を親戚に預けて東京を引払ひ小田原と私の家とを往復してゐたやうな有様でした、宇野さんとの話は聞いたことはありません |